唐突に時間が空いてしまった叡士は、病室でぼうっとしているのも退屈だからと病院内の図書室を探すことにした。
総合病院なんて今まであまり縁がなかったため、図書室が存在することすら知らなかった。縁がないというよりか、そもそも叡士のかかりつけの病院は自宅から徒歩十分の距離にある民間の小児科である。
総合病院へ来た記憶というのは祖父が亡くなった時と祖母が入院した時の二回ぐらいしかなかったので、なんとなく不穏な印象しか無かった。
……今だって、十分に不穏だけど。
ビルの倒壊に巻き込まれて、現在生死不明。
不穏じゃない、わけがない。
意味無く手すりに右手を添えつつ歩き、角を曲がって、そこで叡士は動きを止めた。
自分の前に伸びる廊下の、叡士から見て数メートル先。
そこに、人がうずくまっていた。
「……え」
何だ。あの人何やってるんだ。
髪が白くなりかけたその四十代ぐらいの男性は、昨日の叡士と同じ入院服をまとっている。
病人?
じゃあ、あの人、今、具合が悪いのか?
ようやくそこに考えが至り、叡士は歩調を早めた。
どうしよう、声、声をかける? それから、ナースコールを。
歩きつつ叡士は後ろを振り返った。
誰か居ないか、そう思って。
誰か、自分の代わりに、あの人を助けてくれるひとは居ないか、そう思って。
……しかし、誰もいなかった。
叡士はうずくまる男性の横に立って、一瞬躊躇ってから(この期に及んで、躊躇ってから)声を掛けた。
「……あの、大丈夫ですか?」
そう言うと、その人は、ほんの数ミリだけ顔をあげた。目の端にしわが刻まれたその顔は蒼白で脂汗なんか浮かんでいて、あ、ヤバイ、この人には声を出す気力も無いんだ。そう思った。
叡士の心臓がばくばくと跳ねた。
馬鹿、こんなに具合を悪い人を前に、俺は、
「ちょっと待っててください、今」
叡士は周囲を見回した。
――あった。
少し戻った廊下の壁に、目立つように設置されているナースコールのボタンがあった。
走ってそこへ向かって、ああスリッパは走りづらい、転びそうだ、なんて思いながらもものの数秒でたどり着き、叡士はそのボタンを押した。
© 2008- 乙瀬蓮