過反芻症候群


2-06


 駆けつけてきた看護士に助けられ、その男性は無事だった、ようだ。
 矢野とは違うナース服を着ていたその看護士は、叡士が腕に付けているバングルを見て、患者を連れて逃げるように去った。
 手首を目の前に掲げ、重みのあるバングルをじっと見る。
 別に、変わらないん、だけど。
 ぐっと手を握り込んでみても、何も変わらない。昨日まで、一昨日までの叡士と何も変わらない。
「なんだかなあ……」
「何が?」
「!?」
 唐突に、背後から声をかけられた。
 髪がついていけないぐらいのスピードで振り返ると、そこにはカーディガンを羽織った男性が立っていた。
 身長は叡士より高く、少し癖のある黒髪を顎の辺りまで伸ばしている人だった。その表情がひどく優しそうに見えて、叡士はひとまず息を吐く。ゆっくり視線を下ろし、そして叡士は男性の右腕でぴたっと動きを止めた。
 カーディガンの袖が、不自然に閃いている。厚みがない。
 ……腕が、無い?
 事故か何かで無くしたのだろうか。それとも、病気とかだろうか。
「君、図書室を探しているんでしょ?」
 男性の質問で我に返った叡士は、その内容に度肝を抜かれた。
「!? な、なんっ」
 この人心が読めるのか!?
「な、なんでわかったんですか」
 何だ、エスパーか。サイコキネシスか。威力は90。勝てない。ムリ。
「僕、図書室の司書をしているんだ。一緒に行く?」
 そう言って親しげに笑った彼は、どうやらこうげきを仕掛けているつもりは無さそうだった。
「え? あっ はい」
「君の名前は?」
「あ えっと」
「アエット?」
 何だこの人!
「いいえ! 葛川です。葛川叡士です」
「エイジくんって言うのか。僕はアオイ」
 アオイ。
「じゃあ、行こうか」
 アオイは叡士の先に立って、迷いのない足取りで歩き始めた。





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