過反芻症候群


2-03


「意外と映像が乱れていたな。昨日見た時にはあまり感じなかったが」
 三島が映像の出来について眉を顰める横で、叡士は口を押さえて吐き気を堪えていた。
 意外と、考えているより、気持ち悪い映像だった。
 叡士の体がびくんびくん痙攣しながら、さながら逆再生映像のように(壊れる過程は見ていないけれども)復活してゆく様。
 切り刻まれているとか、そういう、何かが欠損する気持ち悪さとは種類が違うものだった。むしろ回復する過程の方がずっとずっとグロテスク。初めて知ったが、別に知らないまま生きていても良かった。
「こ、これ」
 叡士は、えずきそうになりながら問いかける。
「誰が撮ったんですか? その人は具合が悪くなったりしなかったんですか、こんなものを見て」
「これを撮影したのは記録を担当している御堂島ギズモという人間だ。彼も対禍部隊の境界線で、今回の三条ビル案件では私と一緒に最前線に出た。普段は特に気分を害したりなどはない、はずなんだが」
 三島はそこでセリフを区切った。そしてタブレットの画面、乱れた静止画に数秒目を止める。
「昨日は不調だったらしいな。……どうでもいいが」
 どうでもいいとは言いつつも不満げな三島の声を聞いて、叡士はギズモという人間に同情した。そりゃあ、こんな映像を生で見せられたら不調にもなるだろう。申し訳ない。
「そういえば、質問は絞れたか?」
 ……質問。
 あっ。
 三島の声でそれを思い出し、叡士の背中にぶわっと冷や汗が湧いた。絞るどころか思考の整理もできていない。
「明日聞く」と言われていたにもかかわらず思考の整理ができていない。
 にわかに動悸が激しくなる。
 まずい、馬鹿、さっきの時間で考えておけばよかったのに。
 失望されたらどうしよう。
「え、えっと」
 ……そうだ。
「俺、じゃなくて、僕、の体って、その……異形、に、なったんですよね?」
「ああ」
「具体的に、どういう風に変わったんですか」
 ふっと体の緊張が解ける。よかった実のある質問ができた。
 絶え絶えだった叡士の質問に、三島は練習した原稿を読むようにすらすら答えた。
「主に、回復力が吸血鬼並みに高くなっているという点かな。加えて、身体能力も上昇しているだろうと思われる。そちらの方は吸血鬼並みとは言えないが」
 当然のように出てきた吸血鬼並みという表現に驚いた。叡士にとってのそれは架空のもので、非実在的な存在である。
「吸血鬼……、居るんですか」
「居る。個体数は少ないがな。対禍部隊内には二人……三人? いや、もう少し居るか」
 三島は少し考え込む風になった。少し興味があったので、思いつきを口に出してみた。
「会えたりとかするんですか?」
 そしてすぐさまじんわりとした恐怖が足下にうまれた。あっ、本当に会えることになりでもしたらどうしよう。怖いだろ。
 血の気の引いた叡士をよそに、三島は続ける。
「私が直接繋ぎを取れるのは二人だが、止めた方がいいかもしれんな。あいつらは……、なんと言えばいいか。頭がおかしいとまでは言わないが、タガが外れている。しかも能力で言えば禍系の異形種内で最強、我々が境界線なら奴らは死線、侵犯者に対する抑止力とまで言われる力を持っている」
 三島は叡士の顔を見た。
「檍の印付きで、しかも吸血鬼並みの回復力を持ってる……だなんて奴らにバレて、遊び相手に選ばれでもしたら大変なことになるぞ」
 三島の真顔が逆に怖い。叡士は泡を食って否定を重ねた。
「い、いいですいいですやっぱり俺は一人でいいです会いません!」
「その奴らに関しては賢明だ。ただ、別に一人じゃなくてもいいな、他にもまともな奴は数人居るのでそっちと交流を持てばいいだろう」
「あ、はあ」
 三島の言葉に、コミュニケーションに自信がない叡士は少しうつむいた。
「そうですね、もし仲良くなれたら、はい」
「……ところで、葛川」
「あ、はい」

「質問がまだ思いついていなかったならそう言えばいいだろう」

「……はっ?」
 叡士の心臓がきゅっと縮まった。





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