食事を終えて一息ついた叡士は、病院食が意外においしいことに驚いていた。以前父所蔵の漫画で病院食がしぬほど不味いと読んだので、そういうイメージだけが染みついていた。
味も特に薄すぎるだなんて感じなかったし、あの漫画が描かれたころとは病院食文化が変わったのだろうか。
入院服を脱ぎ、家の人が届けてくれた、と渡されたTシャツを被るように着る。解れた髪を神経質に梳いてからジャージに袖を通し、叡士はふっとうつむいた。少し長めの前髪がぱらりと叡士の視界を隠す。
家の人、と涼子は言ったが。
来てくれたのは誰だろうか。
叡士は家族の顔を想像した。
まず、父ではないはずだ。彼は仕事が忙しい。
そして、兄でもないはずだ。彼は学校が忙しい。多忙だ。友達がおおい。きっと弟に構っているような余裕などないだろうと思う。
……いや、余裕はある、か。あるな。
叡士はいつでも自然な笑顔を浮かべることができる兄を尊敬していた。彼にはきっと余裕がある。だから、来ようと思えば来ることができる、来てくれる、と思う。ただ、来ようと思わないだろうから、兄ではなさそうだ。
となると、やはり母だろう。
叡士はいつも疲れた顔をしている母の姿を思い浮かべた。ああ、申し訳ないと思った。
叡士みたいな息子のせいで彼女には苦労を強いている。
ギリ、と唇の端を噛む。こうすると申し訳なさが軽減される気がした。
その時ノックの音がして、叡士の憂鬱は中断された。
「入るぞ」
扉が開いた。
律動的な歩みで入室したのは、右腕にファイルとタブレット端末を抱えた三島だった。
「おはよう、葛川。今日はいろいろと作業があるので、君にもいろいろ動いてもらうことになるが、体調などに問題は?」
挨拶を返す暇もないようなてきぱきとした口調にすこしおののきながら、叡士は特に問題ありませんと答えた。
三島は一度頷いて、タブレットを軽く持ち上げた。
「一応君のグロ映像を持ってきたが、見るか?」
「えっ」
「蘇生映像。昨日ちらっと話した」
「あ、えっと、」
記憶を辿る。
『グロ影像を持ち歩く趣味がないため、――』
思い出した。
「本当にあるんですね……」
若干引き気味な声が出る。
「嘘はあまりつかない主義だ」
「あ、いえ、そういう意味じゃなくて!」
叡士は逡巡した。
もし本当にあるとしても進んで見たいとは思わない……のだが(叡士はグロテスク耐性を持っていない)、信じる理由はひとつでも多い方がいい。
叡士はそれを見ることにした。
© 2008- 乙瀬蓮