過反芻症候群


2-01


「朝だよ、起っきろー!」
「!?」
 ふとんを唐突に引き剥がされて、叡士は夢の世界から引き戻された。突然ふとんの重みが消えて、びっくりした叡士は視線を右往左往させる。
「りょ、涼子さん……?」
 ベッドの横に涼子が立っていた。昨日の例があったため速やかに起きあがる。
「朝ご飯の時間だよー」
 涼子は手際よくふとんを折りたたんで叡士の足下へ置いた。
 その動作をぼうっと見ていた叡士だが、にわかにはめ込みの窓から差しこむ日光が眩しく感じて、窓に背を向けた。
「叡士くん、好き嫌いとかある? あっても食べてもらうけどねぇー」
 今日の献立はー、と涼子は思い出すように顎に指を乗せた。
「あ、いいえ、特に何も」
「そっかそっか。良いことだよ、嫌いな食べ物がないというのは。大事なことだから倒置法を使って強調してみましたー、あはは」
 涼子は一人で楽しげに笑った。
「それじゃ、ご飯持って来るから待っててねぇ。二度寝しちゃだめよん」
 涼子は軽やかな足取りで部屋を出て行った。
「……はあ」
 台風の目に入ったような気分で叡士は息を吐いた。あのテンションの高さは一体何を食べたら育つのだろうか。
 明るい人は嫌いではないけれど(なんて、自分が言うと偉そうでかなり違和感を覚えるが)、どうにも疲れてしまう。ような、気がする。
 もう一度大きく息を吐いた叡士は携帯を探して枕元に手をやったが、そういえば壊れていたのだと思い出す。連想的にテストの事を思い出してしまい、叡士は脊髄反射で太股をなぐりつけた。容赦なしの握り拳で。
 思い出すな、思い出すなっ。
 しかし思い出すなと思えば思うほどに記憶がよみがえってくる。
 テストのことばかりか、その後初対面の三島の前で繰り広げてしまった不審で愉快な言動群までもが現れてきた。
 うわああ。
 ああだめだ。無理だ。考えないようにするということはどうしてこう難しいんだ。死ぬ。
 まずい、まずいぞ、このままでは精神衛生に悪すぎる。別のことを考えろ! 例えば、例えば……、
 叡士は頭を掻きむしる。
 思いつかねえよ。
 結局昨夜は三島の言葉を反復しているうちに考えすぎで吐きそうになったので、やむをえず薬の力で眠った。
 普段から叡士は眠りが深い方ではないので、薬の力の偉大さを思い知った。良質な睡眠とはまさにあのこと、とてもよく眠ることができた。夢を見なかったのが特に良かった。……薬の効能なのかは知らないが。偶然だったかもしれない。
 考えている内にお盆を持った涼子が足で戸を開けて入ってきたので、叡士は思考を中断した。





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