病室を出た三島の背後で扉が閉まった。
「困りますねえー、病人を興奮させちゃって。扉越しにも聞こえる絶叫だったよ」
すぐ横の壁に寄りかかり、涼子がにやにやと笑いながら立っていた。
「病人へのセクハラを日課にしている奴には言われたくないな」
「やっだぁ、桂ちゃんったらだいたーん」
「何が」
三島は軽くため息を吐いた。
「それで? 問題はなかったの?」
主語は無かったが、何を問うているのかはわかる。三島は緩めた表情を再度引き締め、普段通りの無表情へ戻った。
「さあな。まだ何もわからない」
「何でさー。今、話してきたんでしょ?」
「わかりやすい、大きな鎌に掛からなかったというだけだ。あれは葛川の振りをした檍かもしれない。そのつもりで話をしたし、これからだって変わらないさ」
淡々と言い切る三島を横目で長め、涼子はふうんと言った。
「ま、あたしは何もわからないから、何も言う気はないけどさ」
「そう言って、いつもお前は何かと言う」
「うふふ。ま、何にしろ程々にしておきなよー。……まっ、何をとは言わないけどさっ」
一ミリも動かない三島の表情を見て、涼子は仕方ないなあと小さく笑った。
「……矢野」
「ん? なぁに?」
「今日は佐藤医師との食事の予定じゃなかったのか」
三島の言葉を受けて、涼子はぴしっと硬直する。
「……やっべぇ」
頬を引きつらせつつ回れ右をした涼子の背に、三島は声を掛ける。
「お前も程々にしておけよ。その色欲」
「そりゃムリだー」
笑った涼子に、お前だってそうじゃないかと心の中で呼びかけた。
――馬鹿馬鹿しい感傷だ。わかってはいる。
自嘲気味に口を歪めて、三島は涼子とは逆の方へ歩き出した。
今日の仕事が、まだ残っている。
© 2008- 乙瀬蓮