過反芻症候群


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「――は?」
 叡士はぽかんと口を開いた。
『実は今でも分かっていない』
 なんて。
 そんなことを、言われても。
 無意識に叡士は左袖を握りしめた。
「少し遠回りになるが、できる限りわかりやすく君が置かれた状況を説明しよう」
 そう前置いて、三島は話し始めた。
「君が今暮らしているこの街――九條市が、ほんの数十年前に造られたことは知っているな?」
 叡士は黙って頷いた。
「表向きはただの新興都市。小学校ではそう習う。しかし、本来の役割は別にある」
「役割」
 街の役割なんて、よくわからない。叡士が眉を顰めると、三島は更に続けた。
「この街の地下には、幾層にもわたる空間が広がっている。そこに閉じこめられている異形共に蓋をすること、だ」
「……?」
 叡士の目が細くなる。
 異形。話が怪しくなってきた。
「異形……では、わかりづらいか。物の怪、あやかし、怪物、モンスター、化物、怪異、妖怪、魔物、お化け、幽霊、禍ツ者、擬イ者――まあ、このようなもの。つまりは、人間でないものだ。それらがこの下に」
 三島は左手で床を差した。
「巣くっている。この下どころか、実はこの街にも結構な数が居る」
「ちょ、っと、待ってくださいよ」
 叡士が口を挟むと、三島は変わらぬ口調でこう言った。
「待ったら納得できるのか? 概要ぐらいは最後まで聞け」
 叡士はぐっと詰まった。
「異形……我々は異形と呼んでいるが――まあ呼び方なんてどうでもいい。それらの種類は多岐にわたる。例外はあるが、大概は人に近い姿をしているな。角だの羽だのが生えていたり、指が一本多かったりはするが、どうせ所詮はその程度。本体が酷くても人前に出るときはほとんど人間だから、安心していい」
 あ、安心していいだなんて言われても。
 叡士の顔が引き攣った。この人は一体何を言っているのか。どこかの宣教師だろうか。常軌を逸したオカルトマニアだろうか。
「全てを把握できないほど多種類の異形だが、大きく分類すれば二つに分けることができる。その内、」
 三島は左手で右袖のボタンを外し、スーツとワイシャツを肘の辺りまでまくり上げた。
「……ひっ」
 叡士は引き攣れたような息を吸った。





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