過反芻症候群


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「失礼した。あのバカは昔からああなんだ」
 すっと頭を下げられて、叡士は慌てて首と手を振った。
「あっ、いいえ! えっと、あなたは」
「三島だ。三島桂。君の名前は、葛川叡士。……で、合ってるか?」
「は はい」
「第三高等学校一年四組、出席番号四番? 誕生日は六月四日。これも間違い無いな?」
「そうですけど……」
 叡士は面食らった。なんでこの人はそんなことをすらすらと何も見ずに言えるんだ。
「身長は百七十センチに一ミリ足りない。好きな食べ物は冷めたポテト……どうかしてるんじゃないか」
「えっ」
 当然のように好物を貶されてしまった。
「ど どうかしてないですし、身長の表現に悪意がありませんでしたか。さりげなく馬鹿にしましたよね今」
 心持ちのつもりの反論だったが、割と身が入ってしまった。身長が一ミリ足りないのは叡士の数あるコンプレックスのうちのひとつである。
「悪いな、文学的な表現だ。気にしないでくれ。それより、今の状況を説明しよう」
 そう言われては返す言葉がない。
 叡士の口が閉じたのを見て、三島は話し始めた。
「君は、本日午後四時三十分ごろ、三条ビル近辺を歩行中、ビルの倒壊に巻き込まれて意識不明の重体になり、ここ総合病院に搬送された」
「はあ。……はっ?」
 意識不明の重体。 ?
「え、いや、そんな」
 思わず自分の体を見下ろした叡士だったが、あまり変わりはないようだ。嫌になるほど薄い胸、骨張った手首。体調だっていつも通りにそこそこ元気。多少の怠さもデフォルトだった。
「……何かの間違いじゃ」
「残念ながら、何の間違いでもない。見るか?」
 口の端を歪めた三島が懐から取り出したのは数枚の印画紙だった。
 渡されるがまま受け取ったそれを見ると。
 ――ねじ切れた両腕。あらぬ方向へ折れ曲がった右脛。左足は潰れていた。首には鉄筋が突き刺さり、そして顔面には十五センチ角ほどのコンクリートの破片がめりこんでいた。
 顔面は見る影もなく破損していたが、倒壊現場を背景に撮られたそれが自分であることはわかった。
 全体的に破損している叡士の体。
「え……え? えっ?」
 目が離せない。おそるおそる、再度自分の体を見下ろすも、やはり変化はない。いつもの体。
「ほんの数時間前の写真だ」
「コラージュとか……ですか」
 すがった微かな可能性すら言下に否定された。
「わざわざそんな面倒な真似はしないな、我々もそんなに暇じゃない。普通だったら死亡扱いだ。蘇生するまでの動画もあるので、信じられないなら後で見せてやる。グロ映像を持ち歩く趣味が無いため、今はない」
「ぐ、グロ映像……」
 グロ写真を持ち歩く趣味はあるのだろうか。――なんて、揚げ足を考えている場合では。
 えーと、それじゃあ、えーと。
「俺、何で生きてるんですか?」
 途方に暮れたような叡士のか細い声を聞き、三島は途方もない言葉を発した。
「君が生きているのか、死んでいるのか。実は、今でもわかっていない」





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