「うーん」
ゼロは、交易街ネイブルのおよそ中心に位置する広場で腕を組んで立ち尽くした。
「こんなことなら、あの野蛮兵共も一匹くらいは残しておくべきでしたね……」
門衛を破って侵入したネイブルの街の街灯は、ひとつもついていなかったのだ。それどころか、家々にも灯りはない。交易街と名高い街が、どうしてこうも人気を失ってしまったのだろうか。
この分では、隊商が店を広げる市の方も望みは薄そうだ。
この街では何かが起こっている。
いや――もう、過去形になってしまったかもしれない。
昔見た映画を思い出した。
「ゴーストタウンですか……」
「少なくともここに一人いるけどね」
「うわっ!?」
急に真横に人が現れたので、ゼロは相当驚いた。間合いを取ろうと飛び退って、闇がよく似合うその人間と、対峙する。
「……どちら様ですか?」
人間としか形容の仕様がなかった。男性とも女性ともつかないしなやかで薄い体つき。身につけているのはどこか南の方の民族衣装だろう。髪は肩にかかるくらいの黒髮。目はロザリア王国の国民によくある青色をしている。
「僕はクロウ。君は?」
まぁ、声の低さと、女性とは違う体の特徴が見て取れるので――男性か。しかしこれは一見してわからない。
「わたしは、この街に来た隊商の護衛です。この街の方……ですか」
「そう見える?」
「いいえ、あまり」
「じゃあ、見たまんまだよ。うん、不幸な勘違いの種は潰しておきたいんだけど、僕は賞金稼ぎでね」
「はぁ……」
「ここが盗賊の巣になっているって情報を得て、隊商に同行して来たんだけど、門前払い。隊商は帰っちゃうっていうから、僕だけ残ってがんばって調査してみたんだけど……全然ダメ。盗賊どころか、人の気配もどこにもない」
盗賊は人ではないのだろうか。
ゼロは、クロウと名乗る青年の一挙手一投足を見逃さないようにじっと観察しながら、頷いた。
「なるほど。では、どうして」
ゼロはすっと息を吐いた。
「どうしてまだここに残っているんですか?」
空気が冷えた気がした。
「どうして……?」
クロウが、そのアーモンド型の目をゼロに向ける。表情は人当たりの良い笑顔だが、その奥で何を考えているのかということは、ゼロには一切わからなかった。
「どうして、あなたはここから離れないんですか、クロウ。まだ用事でも?」
「ああ、そうだなぁ……」
クロウは、苦笑を浮かべた。
「実はね、人を――探しているんだ」
「人?」
「ここには現れそうだったから、居るだけ。他人に納得してもらえるような理由はないから、すごく怪しいかもしれないけど、僕はそれだけだよ」
その言葉は、少し寂しそうに聞こえた。それは一種独特な、墓前に立ち尽くす未亡人と同じ――ゼロにも覚えのある――雰囲気に思えた。
共感と警戒が打ち寄せ合っている心中だったが、ゼロはひとつ頷いた。
「どんな方です? 聞くだけ聞いておきますよ。旅の身ですし、万が一どこかで会えたら、あなたが探していることを伝えられます」
「本当? じゃあ、お願いしちゃおうかな。銀髪赤目で背が高く人当たりと目つきの悪い半エルフが居たら、多分そいつだ」
「相当な曲者ですね。わかりました。覚えておきます」
「よろしくね。僕はここをもう少しふらついたあとに、セルセに行くよ。君もどうせそうなんだろう?」
「いえ、それは隊商の方々に従いますから、わかりませんけれど……」
「まあ、いいや。じゃあね、ゼロ」
「ええ、さよなら」
街の入り口まで戻り、まだ気絶している衛兵の服をごそごそを漁る。別に脱がそうとしているわけではない。大方こいつらは空になった街に入り込んだそこらの調子に乗った若い野党で、衛兵の服を着て遊んでいただけだろうからだ。
「……あった」
この地方――ラウゼ・グランド・ルァジリア同盟の中央地方に属する野党は、皆自分たちの賊ごとの印を持っている。このエセ衛兵共はと言えば、
「……?」
見たことのない印だった。
剣を上へ向けたモチーフ……だろうか?
あるいは、そう――この同盟内ではまず有り得ないことだが、慈母シャハルグヴェンドリンの象徴である十字を逆にしたものにも見える。
まあ、いいか。
ゼロはそれをひとつポケットに入れて、立ち上がった。
『僕はクロウ。君は?』
『わたしは、この街に来た隊商の護衛です。この街の方……ですか』
――待て。
『まあ、いいや。じゃあね、ゼロ』
『ええ、さよなら』
わたしは――名乗っていない。
ゼロはがばっと立ち上がった。してやられた。
「知ってやがりましたね……わたしのこと」
唇を噛む。
数秒間思考を巡らせてから、ゼロはマントを翻して隊商の野営地へと足を急がせた。
© 2008- 和蔵蓮子