自重で眼球潰れそう。
瞼を閉じ突っ伏して妙に眩しい砂嵐の飛ぶ真暗闇の視界をうつろに見つめながら、空っぽのような、鉄屑のような、軽いような、重いような、とかく重さの定まらない頭を安定させようとして、御津藏貴臣は握るように目を強く瞑った。
教室、四時間目。
よくここまで耐えている。
春も近づき日が長くなってきたとは言えど、四月の頭はまだ貴臣が住む緯度では冬と呼ぶ。木の花の蕾はちらほらと出て来ているも、雪未だ溶けず。しんしんと冷え込む外気から生徒を守るためにつけられている暖房は、貴臣にとっては眠気を促進させる作用しかもたらさなかった。
眠い、眠い、眠すぎる。
ああ帰りたいなぁマジで、どうしよう。声に出さず呟く。学校に義務感も感謝も感じない貴臣がどうしようなんて悩むのは、今朝登校する決意を定めるのにたいそうな時間を食ったからだった。御堂島に三十分かけて起こされて一時間かけて支度して、そしてまた十数分車に揺られてここまで来る。
空費した時間の大きさだけが、近ごろの貴臣の進退を定めている。今日だって、もう何時間この席で我慢してきた?
時計を見遣る。十一時半。起床から数えて、えっとだいたい六時間。
六時間も我慢したんだからここで帰ったら勿体がない気がするではないか。
今日は六時間授業。
我慢できないこともないのでは?
ああでも、きっと帰るころには歩く気力なんて無いだろうから、迎えは呼ぼうな。自分にささやきかけながらあくびをまたひとつ噛み殺したとき、
「御津藏くん」
もはや当然のように聞き流していた声に名前を呼ばれて、貴臣は驚いて突っ伏した机から顔を上げた。
見上げると、怒ったような顔を作った理科教師の女が腰に手を当てて貴臣を見下ろしていた。そのことに驚く。
ええ、何。
なんで名前なんか呼ばれたの。
「授業中よ。ちゃんと聞きなさい」
すごい、先生みたい! 思い浮かぶのは感嘆文、自分に対してそんなまともな注意をする教師がまだこの学校に存在していたのか、という種類の感嘆である。
返事はせず、貴臣はじっとその名前も覚えていない教師の顔を眺めた。化粧が薄い。髪が黒い。清潔感がある。ふわり、ファンデーションの香りがした気がした。
「聞いてるの? 具合が悪いなら保健室に行きなさい、そこで寝られると授業にならないの」
まぁ、確かにそうだろう。
面白くなったので顔が崩れかけるが、なんとかそれは堪えた。女の叫ぶ声は耳に痛いし気持ち悪い。
「……はぁい」
声を出すのは久しぶりだったので、声が掠れた。唇を舌で湿して、もういちど口を開く。そんな些細な気遣いがまた自分の神経を摩耗させていくような気がして、じわりと吐き気がした。
「眠いので、保健室行きまぁす」
そう言って、貴臣は席を立った。かたん、と椅子の音が響いた。カリカリカリカリとホワイトノイズのようにずっと鳴り止まなかったシャープペンの音まで止まって、教室中の息が潜められている。くすりと笑いがこぼれた。笑っているのも自分だけ。ああ、なんか面白いよね。こういうの。ちらりと窓際の席に目を遣る。そこで、ひとりだけ苦笑を浮かべていた知り合いにによりと目を細めてから、貴臣は教室を出た。空々しい、貴臣のことをどうとも思っていない同級生たちが無言で呼吸を再開する気配を感じた。
それにしても、あの人、どうしていまさら注意なんかしたんだろう。
貴臣は中学校に入学してからこの方二年、座学の授業はずっと突っ伏していたし、体育の授業はすべて見学をしていたので、もはや声をかけようという勤勉な教師は校内には居なくなったと思っていた。実際そのおかげで過ごしやすくなっていたので、多少水を差されたような気分にもなる。
しかし、まぁ、考えてみると考えなくても、貴臣みたいなやつに注意をするのは教師としての模範姿勢で、義務のようなものである。それを果たしていない他の教師の方が怠慢と言える。貴臣的にはその怠慢に乾杯したいが、真面目さを非難するのはすこし筋が違うようで気持ちが悪い、したくない。
もう噛み殺す必要もないのでふあああと大きな欠伸をしながら、貴臣は階段に向かってタイル張りの廊下を歩いた。横を通り過ぎる教室の箱の中、素直に収まっている生徒のうちの何人かがちらほらこちらを見ていることにも気づいていたが、貴臣はそれも無視した。この素行の悪さと外見のせいで、貴臣は同級生を始め様々な部類の人間から嫌厭されていた。家に帰ってしまえばそんなものは気にならないが、学校にいるとどうにも纏わりついて気持ちが悪かった。
廊下を突き当たり、階段の踊り場の前に立ち、貴臣は芝居がかって人差指を一本顎に添えた。
さっきの授業が四時間目だったから、鐘が鳴ったら昼休みだ。
屋上のある上へ行こうか、保健室のある下へ行こうか。階段の前で天秤にかけると、保健医との会話の煩わしさが勝ったので貴臣は上へ向かった。
© 2008- 和蔵蓮子