十一月四日、午後四時三十分。
最寄りの駅よりひとつ手前で電車を降りた叡士は、その日に返されたテストの結果がちょっと笑えないぐらいに悲惨だったために足取りがひどく重かった。
普段の叡士が不真面目ではないことも感情の落下速度に加速をかけていた。勉強が得意なわけではないが、手を抜いたわけではなかったのに。
脳裏にひらめく、いっそ鮮やかなほどに散乱するケアレスミスの嵐。叡士のライフはもうゼロだ。
思わず立ち止まって口を押さえた。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
大丈夫、まだ吐かない。吐かない。大丈夫。
再び歩道の右側をでろでろと歩き出した叡士は、しかし首が不安定にぐらぐらしていた。鞄の重さに負けていた。自主的に深い穴を掘って埋まりたいぐらい沈んでいた。
口を押さえた手にじとりと不快な汗が湧く。
散歩中の犬に吠えられた。その飼い主には怪訝な視線を向けられた。
うっ、やめてくれ、俺を犯罪者予備軍のように認識するのはやめてくれ。僕は何もしてないんです。本当です。
心の中で言い訳しながらそれらとすれ違うと、今度は三メートルほど向こうに女子中学生が現れた。叡士が八ヶ月前まで通っていた中学校の制服を着ていて、どうやら今は下校途中らしい。
まずい、女子中学生はまずい。怖い。怖ろしい。
ランクで言うなら、女子高生の次あたりに怖い。
ああこれだから登下校の時間は嫌なんだ、きっとこの女子中学生は帰宅後すぐに携帯を開き、「さっき帰ってくる途中なんかきもい人とすれ違った(顔文字)」みたいなメールを手当たり次第に送りつけるんだろう、ああ、もう嫌だ、嫌だ……。
すれ違うだけでこの威力。オーバーキルで吐きそうだ。
今日いつもより一駅早く降りたのは帰宅までに少しでも長く猶予が欲しかったからだが、失敗だったかもしれん。ほんのり期待していた気晴らし効果どころか、憂鬱な思考スパイラルに頭から飛び込んでしまった気しかしない。
長い直線道路をようやく抜けた叡士は絞り出すようなため息を吐いて、顔を上げた。目の前にそびえる五階建ての三条ビル。ここから家までもうすぐだ。
あー、家に帰りたくない。歩きたくない。嫌だなー。
そう思って、唇を噛んだ。
その瞬間。
莫大な破砕音が叡士の鼓膜を打ち抜いた。
驚く暇も余裕も無い。下唇を噛んだ叡士の顔面に、飛来したコンクリートの破片が突き刺さった。
© 2008- 乙瀬蓮