だって綺麗だったから

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だって綺麗だったから


「で、どうだったの? ファーストコンタクトは」
 いつもの喫茶店で、にやついた東雲を睨みながら、名弦はコーヒーを啜った。
 とりあえず結婚を申し込んだ、と仏頂面で告げると、東雲はオレンジジュースを吹き出した。
「汚い」
 思わず身を引くと、東雲は珍獣を見るような目で名弦を見た。
 気管に入ったのだろうか、苦しげに咳き込む東雲に食って掛かられる。
「いや、お前! ステップ百ぐらいぶっ飛ばしてんじゃん馬ッ鹿じゃねーの! よく通報されなかったな! ……そんで何で今更地球滅ぶみたいな顔してんだよもう遅ェよ! 後の祭りだよ!」
 別にそんな顔はしていない。これは地顔だ。
 ……というか、そこまでか。そこまで自分は下手を打ったのか。
 名弦は多少の焦りを覚えながら、ぼそっと呟く。
「……そういうことは事前に教えろ」
「まさかお付き合いすっ飛ばして結婚迫るとは思ってなかったんだよ! 想定の範囲外!」
「…………」
「だから今更この世の終わりみたいな顔しても無駄だって……」
「うるさい」
 地顔だと言っている。
 名弦はふてくされて窓枠に肘を突いた。
 だってあの時は緊張をしていたのだ。
 訪問をしようとして家の正面まで行ったはいいものの、櫻子以外が出てきたときの言い訳を思いつかず立ちつくすこと三十分、諦めて帰ろうと家の裏に回って櫻子を発見して見とれて三十分、これではただの不審者だと気づいてようやく声を掛けて、そして挨拶の言葉を考えていなかったことに気がついて。
「そして言ったのがそれか……救いようがないな」
「うるさい」
 全力で東雲から顔を背けた名弦は、軽く下唇を噛んだ。
「……おいまさか泣かないだろうな! やめろよ、俺は女の子を泣かせるのは好きだけど野郎を泣かせるのは全然好きじゃないんだから!」
 名弦はじとっと横目で東雲を睨んだ。
「最低だな、どうして生きてるんだ貴様」
「俺に泣かさせるのが好きな女の子がいっぱいいるからな」
「最低だな、どうして生きてるんだ貴様」
「俺に泣かされるのが……ん? 何で二回言った?」
「心の底から思ったからだ」
「もっと歯に衣を着せろ、櫻子さんに引かれるぞ」
「…………この間は嫌われなかった」
「ああ、奇跡は二度起こらない」
 名弦は再び視線を逸らした。
「泣くなよ、いいか、俺は女の子を」
「うるさい黙れ、皆まで言うな」
「ふふん。まあ、アレだ」
 東雲はテーブルの上の伝票を持って立ち上がった。
「次はもう少しソフトな言い方を心がければいいんじゃないか? あと、相手の好きな物を贈るとかな。やりすぎてもだめだが、喜ばせる程度ならいいだろう」
「……善処する」
 名弦が窓の外を眺めたままそう答えると、東雲は軽く笑って手を振り、会計へ歩き去った。


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