髪を揺らして話をする彼女を見て、僕も楽しくなってしまって、思わず笑顔が零れた。
「いいなあ、すごい楽しそうだね」
それは心から言ったのだが、彼女のどこかに障ったらしい。
彼女は不意に笑顔をしまって、新たに口を開いた。
少し不安に思いながら僕は言葉を待った。
「いっちゃんさあ」
彼女はどこか不服そうな顔をしていた。
「いつもそういう風に、楽しそう、いいね、って言うけど、どうして自分ではやろうとしないの?」
僕は思わず言葉を失った。
「あー、うん、そうだなあ」
それは君の思い上がりだよ、だとか。
僕には向上心がないからね、だとか。
ああこの子は本当に――健康的な女の子なんだ、だとか。
いろんな事が目の奥に浮かんで、そして同時に、思い上がっているのは僕の方なのだ、とも考える。うぬぼれて、特別であると勘違いしている。
僕は指先に少し伸びた自分の髪を巻き付けながら、視線を外して、困ったように(聞こえるように祈って)声を出す。
「いいなあとは思っても、うらやましいとは思っていないからかもね」
「それ、どういうこと」
「受動的か能動的かの違い」
「ごめん、いっちゃんの話、いつも難しくて困る。わかりやすく言って」
だって君は僕の話を聞こうと思ってないじゃないか。
君は自分が正しいと知っているからそんなことが言えるんだ。
救いがないのは、それが間違っていないということ。
「うん、僕、向上心が無いんだ」
健康的な人と話すとどうにも自分が濁って思えて仕方なかった。
「仕方ないかもね、こういう性格なんだ。でも、もし僕が心からそうなりたいと思っていたとしたらきっと何らかの努力をしているはずだから、見てるだけで十分楽しんでるんだと思うな」
「……ふーん?」
なんだか消化不良の顔をして、彼女はまあいいや、と呟いた。
うん、それぐらいで勘弁してください。
僕は胸をなで下ろしながらすっかり冷めて飲みやすくなったコーヒーを啜った。
舌の奥にべたつく感じがなんとも言えない安っぽさを醸し出していて、そう、それはとてもおいしいと思った。
内心思ってることを口に出さないことはとても不健康でその上失礼で真摯じゃないと思います。
だからといって全部口に出すのは愚かだとも思います(だって相手を不快にさせることがわかりきっている)
© 2008- 乙瀬蓮