この世界を作った奴は、きっととても気まぐれで、乱雑で、粗暴で、意地の悪い、そんな神様だったに違いない。
午後二時半のアスファルトの上、貴志から逃げ出してきてしまった私はただただ強まる炎天下、ただただ濃くなってゆく自分の影を見下ろしていた。
どうしろと言うの?
私は顔を覆った。
好きだよ。
好きなんだ。
切羽詰まったような声色で、けれどその表情は、何かを通り過ぎてきてしまったような痛々しい笑顔だった。
頭の中なんてもう貴志の言葉が表情が声色が繰り返し繰り返されるだけの機能しか残っていない。思考回路は焼き切れた。
この世界では、キスをすると死んでしまう。
誰かがかけた呪いだろうか。だとしたら、あまりにも、あまりにも。
触れ合うことは許される。唇以外は許される。
それでも、どれほど恋人達が美しい心中をしたとしても世界が滅ぶことはないのだろう。この国の大半の未成年は、呪い対策で国が特別に設けた妊娠システムによる生まれだから。
だから。
「柊」
私の背後から、貴志の声がした。
私は、涙を拭うこともせず振り返る。
「柊……ごめん、嫌いだって言って」
「言わない」
私は、立ち上がって、貴志の学生服の胸元に飛び込んだ。顔も知らないお父さんお母さん、担任の先生副担任の先生、柊十五歳、中学校を卒業間近の恋心により私は死にます。
「学ラン、意外と固いね」
「セーラー服も」
「初めて触った」
「そうだね」
ああ、この瞬間、生涯で最も幸せだと思うから。
絵のようにして切り取っておきたいな。
ゆっくりと顔を上げる。
見る人はきっといないけど。
ああ、それでも。
柊の頬に貴志の涙がぽたぽた落ちる。
今が一番うつくしい。
目を瞑る。
貴志のくちびるが触れた瞬間、柊は自分がゆっくり死んでゆくのを感じた。
乱暴で粗雑で意地の悪いわけじゃなくて、誰よりもうつくしいものを愛する神様だったのかもしれない。
ねえ
そう
思うの よ。
© 2008- 和倉蓮子