どこを見ているの、とよく聞かれる。
それは信号を待っているときだったり、お昼ご飯を食べているときだったり、部屋で座っているときだったりするわけだが、僕はいつも不思議に思うのだった。
別に、どこも見ていない。
少し絵をかくのが好きなものだからたまに気をつけて周りを見ていることもあるけれど、大概の場合そうじゃない。ただ馬鹿みたいに呆けているだけだった。
別に何も見てませんよって答えるのはまるで本当に馬鹿みたいじゃないですか。
それではあなたたちはいつもどこを見て過ごしているのですか。
思うことは多々あれど、いつも僕はへらっと笑ってやり過ごす。
それがどうしようもなく気持ち悪く思えた。
当然のようにしていることをまるで変事のように捉えられると、ストレスがたまるのだった。
「なんだか」
半ばその存在を忘れていた友人が、からかうような声色で喋った。
「不満そうな顔をしておいでですね」
そう見えますか。
憮然とした視線を返すと、彼は部屋の隅でくすくす笑った。
「きみはすぐに顔に出るから、よくわかる。またどうせ有象無象の知り合いのことを考えているんでしょう」
彼は謳うように言った。
演劇だったら舞台でやれよ演劇部。……と思ったが、この友人はなぜだか脚本専門で、全然演技をしないことを思い出した。
「気にしなくていいと思うよ。いつも思うけど、きみは繊細すぎるんだ」
「うるせえばか」
「ありがとうって意味で合ってる?」
うるせーばか。
僕は立ち上がって、彼の側に置いてある空のマグカップを手に取った。
「紅茶を淹れてきてやるけど」
「うん、ありがとう」
再び漫画に目を戻した友人を置いて、僕は暖かい部屋を出た。
うるっせえよ馬鹿知らねえよ、と思うようなことしか言われません。
© 2008- 乙瀬蓮