未必の戀の返りごと

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積聲
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 少年は、諌名の言葉を聞いてから、ゆっくりと頷くと、格子を愛おしそうに指先で撫でた。
 頭の痛くなる思いだ。
 諌名は浅く息を吐いた。
 吐き切り、再び息を吸い込む瞬間に、少年の声が耳に滑りこんでくる。
「諌名ちゃんはいつからここにいるの?」
 少年の声を吸い込んだような錯覚に陥って、諌名は胸を押えた。
 ああ、諌名は、この少年が苦手かもしれない。
 視線を斜めに落とす。
 いつの間にか息を止めていた自分に気がついて、諌名は呼吸を再開する。
 胸の内に。
 肺の内に。
 声が薄く積もった。
「いつから……?」
「生まれてからずっとここ?」
「いいえ。たしか、四年くらい」
「ふうん。ここで生まれたわけじゃないんだ? 奏済って、料亭のおうちじゃなかったっけ」
「お父さまは、仰るとおり、料亭を営んでいらっしゃるわ。生まれたのは奏済の家だけれど、十歳のときに……ときから、こちらに」
「あっ、じゃあ十四歳?」
 少年の声がにわかに明るくなったので、諌名は訝しんで視線を上げた。
「……? ええ」
「俺も一応十四歳ってことになってる!! 一緒だねぇ」
 蕩けるように言って、少年は目を細めた。
 首を傾げる。
「嬉しい?」
「嬉しいよ」
「……どうしてだか、わからないわ」
「諌名ちゃんは」
 諌名が息を吸う瞬間に少年は囁いた。
「どうして自分のことをばけものだと思ってるの?」
 声が積もる。
 ああ、溶けないわ。
「言いたくない」
「俺が帰らなくてもいいの?」
 雪のように勝手に降って、けれど彼の言葉が溶けずに積もっていくのは、諌名と温度が等しいからだろうか。
「……」
 じっと見つめると、少年は困ったように笑った。
「ああ、そうやって見られると、触りたくなる」
 少年が何かを探すように視線を彷徨わせたので、諌名は嫌な予感がして口を開いた。
「――待って」
「何を?」
 少年はこちらを見ない。
 部屋の中をきょろきょろと見回す。
「だめ」
「何が?」
「だめだって言ってるでしょう? やめて、だめよ、こちらを見て」
 少年が視線を定めた。
「あ」
 すうっと血の気が降りていく。
「見つけた」
 彼は壁に無造作に掛けられた座敷牢の鍵を見ていた。



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