ああ――
半ば予想していたこととは言え、簾が毟りとられたとき、諌名は失望した。
その感情を失望だと思っていた。
けしてわたしのようなものと会わせてはならない、大切なお客様を、どうして野放しにするのか。
まだ顔も見ていないのに、あの少年だと確信していた。
緩やかに顏を持ち上げ、視線を格子の向こうへ向ける。
どくり、と心臓が脈打つ。
白髮。濁った黒目。体さえ目に入らなければ、まるで女の子のようにも見える顔のつくり。アイロンがかかったシャツ。灰色のジャケット。艶かしい首。
日光を逃れた彼の姿は窓の灯りの届かない場所といやに馴染んで見えた。
この人、外よりも家の中の方が似合う。
だから、あまり、外に出ないほうがいいと思う。
そう教えてあげたい気持ちがふっと湧き出すように浮かんだけれど、そんなことを考える前に言うべきことを言わなくてはと理性が思った。
「お帰りください」
なるべく、毅然と聞こえるように告げた。
告げた、はずなのに、少年は諌名の目をまっすぐ見つめて目を細め、木の格子に指をかけた。
そして、猫のような唇が動く。
「会いたかった」
初めて聞いた声だった。
視線が外せなくなる。
この人はわたしの言葉を聞いていなかったのだろうか。胸がざわめく。
言葉をまともに取り合つてもらえなかったことなど珍しくもないことなのに、どうしてこれほど――諌名の胸を波立たせるのだろうか。
これは何だ。
「わたしは」
諌名は、諌名も、少年の濁った瞳を見詰めて、答えた。
「会いたくなかった」
言ってしまってから、わたしはこの人に会いたくなかったのだろうか、と思った。わからなかった。けれど諌名は誰かに会いたいと思ってはいけないのだから、間違ってはいないだろうと判断できた。
少年はびっくりしたように瞬いた。
「え?」
「だから、どうぞ、お帰りになってください」
「え? 嫌」
諌名は、何度かの瞬きを費やした。
少年はそれを辛抱強く待っていた。
「……?」
諌名はようやく少年の言葉を解して、首を傾げた。
「わたしの言葉、わかる?」
「わかるよ?」
「あの、では、もう一度言います。お帰りください」
「嫌だよ?」
「……?」
「あはっ」
面白ぉい、と少年の愉快げな呟きが部屋をにわかに温めた気がした。
© 2008- 和蔵蓮子