諌名の髪を乾かし終えた臣は、そのままそっと諌名の体を横たえた。まるで埋葬するように。
優しい手つきで前髪を払われて、そのまま額にくちづけられる。ああ、本当に、このまま死んでしまうみたいだわ、と思った。このままこうして眠りにつくのだ。えいえんに。それはあるいは諌名が心底望んでいることなのかもしれなかった。
それはあなたが許してくれないだろうけど。
ねえ、もしわたしが目を覚まさなかったとしたら、あなたも二度とその目を開けないのかしら。
ずっと。
諌名はゆるやかに目を細めた。
ああ、眠いんだわ、わたし。
こんなことを考えるなんて。
長い長い口づけを終わって、臣はしずかに諌名から離れた。額に感じていたひそやかな呼吸も離れて、それがとても名残惜しく思われた。臣の呼吸は、その呼吸音は、とても諌名を落ち着かせるのだ。交換してしまいたいくらいに。そう、あなたの吐息の方が、わたしにとって、自然だわ。
諌名はしめやかに瞬いた。
「……臣くん」
「明日、陽が落ち着いたらお庭に出ようか、諌名ちゃん」
そうね。
答える声に昼間の寂しさはかけらもなかった。
臣はシーツの上に無造作に流れている諌名の髪を指先で弄んだ。
「それで、それから、屋敷の案内もしてあげるよ。あと、今日いなかった人たちにも諌名ちゃんのこと自慢したいなあ」
臣の、白い指先が。
諌名の目元にそっとしのんで、そして覆った。諌名の視界が黒く浸る。
暗く、暗く。その暗さは、窓から見た林の奥、あの実体のないくらやみに似ていた。それでいてどうしてか安らいでしまうのは、きっと、それがあなたのひとみに似ているからだわ。
諌名はそっと目を閉じた。
「あなたは眠らないの」
心の内だけで思っていたつもりだったが、臣は「まだね」と答えた。
「あとで、隣に眠りに来るよ。だからおやすみなさい、諌名ちゃん」
その言葉に安心して、諌名は体の力を抜いた。
おやすみなさい。
呟いたつもりの言葉は、届いたのかどうか。
ああ、でも、届いていなければ、叱られてしまうわね。
次第に降りてくる眠気と暗い安心感に身を任せて、
ゆるやかな死を待つような静かな眠りに、諌名は落ちてゆくのだった。
© 2008- 乙瀬蓮