白いシーツの上にお行儀よく座った諌名は、本当に人間でないように見えた。今日何度目の錯覚だろうか。貴臣はため息をついた。いい加減にしなければ諌名の機嫌を損ねてしまうかもしれない。
身に纏った就寝用の薄い生地で作られた黒いドレス、それがふわりと円形に広がっている。うっすらと湿った長い黒髪がそれを彩って、意図せずともこの絵になる光景をつくりだすことができるのだから、存在自体が芸術的なのかもしれなかった。
風呂に入ったはずなのに血色がよくなるわけでもなく、諌名は相変わらず温度の低いひとみで貴臣を見上げている。
いや、貴臣の持つ――ドライヤーを見ているようだった。
「……べつに」
諌名が口を開いたので、貴臣は首を傾げた。
「乾かさなくても、構わないと思う」
先ほどから諌名は何度もそう言っていた。
「そんなこと言って、風邪引いたらどうするの? っていうか、苑宮ではどうしてたの? 布団で、寒くなかった?」
「枕元に、髪をいれる箱があったの」
「何それ」
初耳である。冗談かとも思ったが、諌名に限ってそれは……と顔を見ると、疑われていると思ったのか諌名は両手を持ち上げて、自分の体よりすこし太いくらいの大きさを示した。
「これくらいの、木で作られた箱」
「え、それに入れるの? 寝返りとか打ったらどうするの?」
「わからないけれど……私はあまり動かないから」
そういう箱はないかしら、と諌名は呟いた。ドライヤーが嫌いらしい。
「探せばあるかもしれないけど、ダメ」
「……どうして」
「だめなものはだめです。大人しくそこに座ってなさい」
「……でも」
「ドライヤーそんなに嫌いなの?」
「熱いから」
「じゃあ熱くしないから」
そう言うと、諌名はようやく観念したらしく、黙ってうつむいた。
まあ、嘘なんだけど。
言おうかどうか迷ったが、やってしまえば同じだと思って貴臣はドライヤーの電源を入れた。
© 2008- 乙瀬蓮