未必の戀の返りごと



投影
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 約束のとおり、貴臣は福寿草の咲く一角へと諌名を誘った。視線より少し上のあたりを探している様子の諌名を見て、地面を指さす。這うようにして花弁を広げるその姿を見て、諌名は少しだけ目を見開いた。そして、滑らかに、首を傾げながら目を細める。きれい、とその唇が動いた。すきだわ、とも動いた。
 ああ、また。
 貴臣の背筋がぞくっと震える。
 その横顔に見とれていると、諌名は囁くように呟いた。彼女の声量は溶ける寸前の雪のようにとても小さかったが、なぜだか貴臣には鮮明に聞き取れた。
「白い花が多いのね」
 諌名の視線の先にある福寿草は白色であり、言われてみれば確かにそうかもしれない、と貴臣は思った。
「そういえば、ここの薔薇も白だったっけ?」
 まだ咲いていない木の群れを見遣り、貴臣は首を傾げた。
「何でだろ」
 特に答えを求めていない呟きを漏らすと、諌名は数秒間黙ってから、口を開いた。
「ここは、あなたのお庭なの?」
「え? うん、そうだよ。世話してるのは庭師だけど」
「それなら、きっと、あなたと似たような花を植えているんだわ」
「……俺と?」
 諌名の言う意味がわからず、貴臣は首を傾げた。貴臣よりは、諌名の方が花が似合うように思うのだけれど。
 そういう意味ではないんだろうか、と思っていると、諌名はそっとしゃがんだ。
「似ているわ」
 袖を抑えて、指先を福寿草の薄い花びらに近づける。その距離は手を伸ばして届くものではないけれど、諌名は指先を伸ばした。
「あなたに」
 その声にも、表情にも、けして甘さはなかったけれど。
 伸ばしたその指先に、冷たいはずの――指先に、熱が灯っているように思えたのは、貴臣の錯覚だろうか。
 錯覚なんかじゃなければいいのに。
 不意に、脳内にさきほどの諌名の声が蘇った。
 ねえ、俺のようだと言ったよね。
 そのお口で、好きだと言った、その花が――俺のようだと、
 もう、駄目かもしれない。
 貴臣は、気づかれないように鋭く息を吸った。
 ああ、思ったよりも、自分は末期に居るのだった。
 比喩だけで、こんなに。
「……、」
 何かを言おうと思って口を開いた瞬間に、家の方から御堂島の呼び声がした。
「――ああ、服屋が」
 来た、みたい。 
 なぜかとぎれとぎれになってしまった言葉の気まずさを繋ぐように、貴臣は諌名に行こうと言った。
 私が行ってもいいの、と聞く諌名は自分の着るものを選ぶのだと気づいていない様子である。いいんですと答えて、貴臣は立ち上がった諌名の手首を握った。






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