未必の戀の返りごと


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白ブドウ


 学校の同級生に「お前の彼女ってさあ」と切り出された時、貴臣は珍しく少しだけ戸惑った。
 彼女と呼べるような相手は一人しか居なかったのですぐに思い当たったけれど、なんとなくその言い方がそぐわない感じがしたのだった。
「あいつが、何?」
「なんか、自己主張が無い感じしない?」
 ――そうだろうか。
 貴臣は首を傾げた。貴臣の喉に冷たい手を当てて、あなたは今どの女の子を見ていたのかしら、と聞くあの女に自己主張が無いとはとても思えなかった。
 Mサイズのドリンクを持って、ストローを咥える。
 さわやかな白ブドウのジュースを嚥下して、そして当然のように貴臣は彼女の血のことを連想した。
 ああ、やっぱりあの味が一番好きだ。
 口元が疼いたので、あぐ、とストローを噛む。その何の手応えもない感触に、やはり貴臣は彼女の首筋を思い出した。
 あー。
 その想起をごまかすようにストローから口を離して、貴臣は笑った。
「そんなこと無いと思うけど?」
「そうなの? いや、こないだ四区のモールで見かけたんだけど、すっごく頼りなさそうに見えてさあ」
 貴臣はストローをいじった。氷が澄んだ音を立てる。
 頼りなさそうに見えるのはなんとなくわかる。あれは華奢だし、歩くのは遅いし、声は小さいし。考えてみたら、人に意見しているところを見たことがないかもしれない。
 そこで初めて、確かに彼女は他人に対して自己主張が薄いのかもしれないなと思った。
 ああ、それじゃあきっと、貴臣だけなのだ。
 あいつが、思ったことをそのまま告げる相手は、きっと。
 そう思うと、なんだか酷く楽しい気分だった。
「なんかそのうち誘拐でもされそうで心配になっちゃったよ俺」
 そう言って笑う同級生に、実は既に彼女は誘拐されているのだと告げたらどんな反応をするだろうと貴臣は思った。
 貴臣はほとんど拉致と言って良いような形で彼女を連れ出した。そのあと二人して行方不明にもなっているし、彼女の実家には事後報告しかしていない。
 そして、自分もあいつもそれを特に問題と思っていなかった。
「そんなことになったら俺が連れ戻すから大丈夫」
 口角を緩めてそう言うと、同級生は呆れたようにため息を吐いた。
「熱いな」
「まァね」
 丁度ジュースを飲みきった貴臣は、トレイを持って立ち上がった。
「じゃあ俺帰るー、ばいばーい」
 一方的にそう告げると、唐突だなお前と言いながら同級生は頷いた。
 また明日なと言って手を振る同級生に、残念明日はサボりますと思いながら貴臣は手を振り返した。

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© 2008- 乙瀬蓮