エレベーターより

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エレベーターより


 エレベーターの暮らしで、最大の敵は退屈である。
 ここで二週間過ごした私は、出入りが面倒なこの場所が外出の気をてきめんに削ぐことを知った。毎晩の風呂と週三回あるバイト以外で外に出る気が無くなる。
 このままじゃあ太るなあと思いつつ、やることもない午前九時。仕方なくクッションの上でゲームをしていると、天井の出入り口を誰かがノックした。
「はあい」
「朱音、起きてっかー」
「起きてるよー」
 応接室に住んでいる少年が、出入り口を開けて逆さまに顔を出した。金髪が重力に負けてばさっと広がる。三白眼の瞳が、ぎょろっとこちらを向いた。
「んだよ、またゲームやってんの? そのうちゲーム脳になっちゃいますよ?」
「他にすることないからねー」
「時既に遅しか……あ、入ってもよい?」
「よいよ」
 そう言うと、彼は一旦首を引っ込めて、直後に足から降りてきた。
「よっと」
 身軽にピット君の上に着地する。出入り用にわざわざはしごを設置しているのだから、それを使って降りてくればいいのに。
「あ、今ピット君の上に配線あるから気をつけて」
「冷蔵庫に変な名前つけるのやめろよ」
 階段状に配置している収納の箱を降りる彼は、呆れたように言った。
「別にいいでしょー」
 私はそちらに舌を出しつつ、少しずれて場所を空ける。それからゲームをスリープモードにした。
「っつーか、何でピット君なの? 由来は」
「特にないよー。フィーリング。インスピレーションと言い換えてもいいね……そっちの方がカッコイイ」
「ないのかよっ! どこぞのパルテナ神殿が関連しているのかと勘ぐってしまっただろうが!」
 少年はいつものスペースに座り、持参したコンビニ袋から朝食を取り出した。
「ウワー、三田さん毎日コンビニ飯だね、不っ健康ー」
「そういうお前は何食べたんだよ」
 少年、もとい三田は、サンドイッチを取り出しながらそう尋ねた。
「カップラーメン」
「似たようなもんじゃねえか!」
 おにぎりを投げつけられる。
「ぶっ!」
クリーンヒット、顔面アウト。
「ひーどいなー」
 落ちてきたおにぎりをキャッチする。こんぶ。
「食べ物を粗末にするんじゃありませんー」
「るっせえ。それより、今日お前シフト入れてねえよな?」
「うん」
 びりびりとおにぎりの包装を破き、私は一口噛みついた。
「ちょっと、勝手に食うんじゃねえよ! うわー、うーわー、もういいよ食えよそれ……はー、有り得ねえ……」
「おいしいです。それで、何? なんかあるの?」
「そうそう。なんか御門さんが用事あるっつーからさ、これ食った後、事務所行こう」
 三田はそう言って指に付いたソースをぺろりと舐めた。


 私と三田は、御門という名の男性にかなりの金額を借金している。私はあと二十年ばかり働けば返済できる額なのだが、三田の方はさらにきついらしかった。
 私が家賃を滞納していたのだって、そういった理由からだった。我々は最低限の生活費以外に回せる金がないのである。
 そんな極限状態の生活をしている私達だったが、唯一の救いは、御門が慈悲深い性格であり、そして、かなり裕福な人間だということ。私たちがゆっくり借金を返済していくことを怒らない上に、彼は私達を自分の事務所の職員として雇い、その給料から毎月返済分を計算して差っ引いてくれているのだ。
 本来なら給料全額持って行かれても文句は言えないところなのだが、その給料差し引きシステムのおかげで私達は多少食事にお金をかけられる程度には余裕ができた(その分人生を削っているけれど)。
 きっと、いろいろな何かを損なっている生活で、しかしこれはこれで、私は充足しているのだった。


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© 2008- 乙瀬蓮