「死にたいわよ」
母親に置いていかれた子供のように僕の部屋の床に座り込んで、彼女はそう言った。
「天才じゃなくなっていく自分をこうして自覚していって、こうしてゆっくり死んでいく、酷い罰だわ」
いまの彼女の首には前を向く力が無くて、その真っ直ぐな髪と共に頭はがくんと落ちていた。板張りの床に、彼女の脚が映えている。本当に制服が似合うなと僕は思った。
「無神経に、逆撫でするように、死にたいのと聞いたわね。あなたは、知らないのよ。この、情けなさを。ええ死にたいわ。わたし、そんな無神経なあなたにあてつけをするためだけに死んでも良いくらいに切羽詰まっているわ。飽きているわ。焦がれているわ、天才に。そして、自分が死にたいのと同じくらいにあなたも死ねと思ってる」
「ところで、好きだよ」
僕がそう告げると、彼女はホラー映画のゾンビのような緩急織り交ぜた動きでじわりと振り返った。
「今すぐ、ここで、死ねって言ってる?」
「どうして」
「もしくはわたしが殺すわよ」
「僕は、君のそのどろどろした劣等感を見るたびにすごく君が好きだと思うんだよね」
「うるさい」
そう言って、彼女はぐらりと真横に倒れた。
近づいて見下ろすと、彼女は目を瞑っている。まるで死んだように見えた。
「どうしたの、透子ちゃん」
「あなたのせいで疲れたから、寝るわ」
「制服、シワになるんじゃない?」
「アイロンをかけるから大丈夫」
「床、冷たいでしょ。体冷えない?」
「ちょうどいいわ。気持ちいい」
あなたの家のいいところ。広くて、床が冷たい。
遺言のようにそう言い残して、彼女は黙り込んだ。
© 2008- 乙瀬蓮