天才アレルギー

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天才アレルギー


「私、神童が嫌いなのよね」
 彼女は、たけのこの里をかじりながら、おもむろにそう言った。その視線はテレビに移る天才少年を無気力に捉えている。
 少し面白くなった僕は、きのこの山を咥えながら問いかけてみる。
「嫉妬?」
「ええ、それに近いものかもしれない」
 じゃららん、と音を鳴らして曲がフィニッシュした。
「そもそも、これは若いからこその評価でしょう。老人がこれだけ弾けても、こんなに褒められたりしないわ」
 私とかね、と続ける。
 まだ十代も半ばな彼女がそんなことを言っても皮肉にしか聞こえない。彼女が老成した雰囲気を持っていることは否定できないけれど。
「若さは、いつだって評価対象なのだわ。若ければ若いほど価値がある。そして、それを留めておける人なんて誰も居ないのよ。それが、たまらなく厭」
 眉間に皺を寄せながら言い捨てたその言葉には何か含む物がありそうで、僕の興味をそそった。
「まるで、以前自分が神童だったような言いぶりだね?」
「ええ。私、昔は神童だったわよ。今は、ただのしがない天才ね」
 たけのこの里を食べながら、彼女は素知らぬ顔で言い切った。
「神をも恐れぬ……」
「あなただって天才だわ。知らないだけよ」
 全然心が込もっていない言葉である。
「ありふれた天才は、しばしば凡才と言い換えられてしまうだけ」
 彼女は、食べ終わったたけのこの里をゴミ箱にシュートした。
「はあ、里が切れたわ。買ってくる」
 立ち上がった彼女にきのこの山を勧めてみるも、彼女は眉間に大きく皺を寄せて言った。
「悪いけど、きのこ派とは相容れない運命なの」
 その言い方にむかついた僕は、彼女の腕を引っ張って転ばせ、その口にきのこを二つほどねじ込んだ。
「むぐ」
「はい噛んでー、そして呑み込んでー、そしてついでに消化してー」
「ぐぐ」
 親の敵でも見るような目で睨みつけられた。僕はにこにこ笑いながら彼女の両手を押さえている。
 暫くにらみ合いを続けた後、いかにも渋渋といった風に噛んで呑み込んだ彼女は、噛みつくように僕の肩をがくがく揺さぶった。
「あなた、覚えてなさいよ! いつかかならず里を腹一杯になるまで食わせてやるから!」
 肉食獣を彷彿とさせるような勢いでそう言い放つと、彼女は財布と携帯を持ってコンビニへ走り去った。
 たけのこの里の住人は、いつでもきのこを敵視する。



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