「色水が、」
立ち止まったきみは、言葉を句切った。
「色水が、押し寄せてくるような、ものなんだ。まるで、そう、津波みたいに」
きみはすうっと右手を空へ開いた。
何か光を遮るように、きみは自分に差し掛かる何かを遮るように、掌をかざす。目を細めたのは、何を思ったからなのか。
僕には、よくわからなかった。
「こうして手で隔ててみても。その、シェルターである手を通してすら、何かはぼくを浸食してゆく」
木漏れ日を浴びるきみを見て、僕は素直に綺麗だと思ったけれど、それを口にすることはきっときみの誇りを損なうのだと知っていた。
「無抵抗に、彩られる。透明でいたいのに、この脚で立ち続けていたいのに。僕は、やっぱり押し流されてしまうんだ」
きみの手はふいに力を失って、空へ落ちた。
「……何を言っているのか、わからないよね。うん、いや、いいんだ」
「僕はね」
僕は、口を開いた。
それにきみは少し驚いて、足を半歩引いて、三十度ぐらい体を向き直した。
「きみが、口にしたことしか、わからないよ。君が言葉にしたことしか、わからない。君が何を考えているのか、それを知る手だては、きみの言葉を静聴すること、それしかないんだ」
「うん」
「だから、どうせわからないだろうと思って口に出した言葉なんかで、僕は何もわからないよ。きみが、どうせ理解してくれないだろう、と思っていることしか、伝わらない」
「……うん」
「だけど、僕はきみの友達だから、それでも別に構わない。言っている意味、わかる?」
「君が、……君が、ぼくの友達だということしか、わからなかったよ」
「よかった、全部伝わってるじゃないか」
僕がそう言うと、きみはほころんだように笑った。
「ああ、そうかい」
きみは再び道の向こうに向き直り、歩き始めた。
じゃあ、行こうか、だなんて言いながら。
立ち止まる前より、はるかに軽やかな足取りで、歩き始めた。
タイトルが思いつきません
© 2008- 乙瀬蓮