目薬が差せません。


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わたしをいじめないで


 明日の約束というものをしたことがないということに気が付いた。
 例えば自分は級友と遊んだことがないし、そもそも友人というものがこれまで存在しなかった。遠目に観察する兄も同じような雰囲気だったので、親しいひとが誰にでもいるものではないと思っていたから、特に悲しいと思ったこともなかった。
 ただ、だけど。
 ――姉も同じなのだろうと、勝手に思いこんでいた。
 それは自分が悪いのだろうと、今は素直にそう思う。
 だけど、あいつも同じくらい悪いだろうと、それも素直に、そう思うのだ。
「ごめんなさい」
 謝るその声が、いつもは鮮明に聞こえるその声がいやにぼやけて聞こえて、だけどその声が嫌いなあいつを呼ぶことだけはしっかり理解することができた。
「ごめんなさいね、居加」
 いいんです気にしないでくださいねえさん、と自分の口が呟くのがわかった。
 ああ、そう、きっと。
 もっと上手に生きてきたなら、ここで、明日の予定を聞くこともできただろうと思うけど。
「ぼく」
 ぼくは。
 またその口からあいつの名前が出てくることがこわくてこわくて、ぼくは、黙って笑うのだ。
「大丈夫です姉さん!! 明日も元気で笑えます!!」
 だから、だから。
 いまだけ置いていかないで、いまだけ僕の名前を呼んで。
 ねえさん。





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© 2008- 乙瀬蓮