目薬が差せません。


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視線の向こう


「結構好きだったんですよ」
 かちゃり。ティーカップを置く音がいやに大きく響いた。
 その緑がかった黒髪を胸に垂らして、ゼロは何かを思い出すように首を傾げた。
「あの人の偏食も、あの人が歌う歌も、食器を何枚も割ってしまったり、それを隠そうとする子供っぽいところだって」
 だけど、とゼロは微笑んだ。
 まるで泣きそうに顔を歪めて、だけどそれは笑っているつもりなのだと、クロウには察しがついていたから。
「わたしをロゼと呼ぶところ、思い出のある食器はけして割ったりしないところが、すごくすごく」
 嫌だった。
 堪えかねたように滑り落ちた涙がまるで彼女の嫌う感傷と同じように思えて、クロウは淡く微笑んだ。
「そっか」





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© 2008- 乙瀬蓮